斎藤まさしさんに対する静岡市長選挙における公職選挙法違反事件の判決について

 

6月3日(金)、静岡地方裁判所(裁判長:佐藤正信)は、斎藤まさしさんに対する静岡市長選挙における公職選挙法違反事件について、懲役2年、執行猶予5年(これに伴い、公民権停止5年となります。)の判決を下しました。

 

判決内容を簡潔に解釈しますと、「実質的な政治団体ではない団体が、選挙告示前に、選挙と候補者が特定される記載のあるビラを、ボランティアではなくアルバイトを使って候補者の名前を強調しながら街頭で配布するのは、単なる事前運動罪に止まらず、利害誘導罪(実質的には「買収罪」の一種)になる。」というものです。

 

しかしながら、本件事件を鳥瞰図的に見れば、「これまでの実例から見れば選挙運動とはみなされなかった街頭ビラ配りなので選挙違反になるとは全く思ってもいない状況の下で、アルバイトを使って街頭ビラ配りを行ったところ、選挙取締当局である警察から警告を受けたのでその街頭ビラ配りを中止又はビラの内容変更をしたにもかかわらず、事前運動罪と利害誘導罪の容疑で強制捜査を受け起訴された事件である。」と言えます。

以下、判決の問題点の主な点について、弁護団が示した「争点」に従ってご説明します(注:これがそのまま控訴趣意書の内容になるわけではありません。)。

 

1、違法・差別的な捜査と起訴

(1)  弁護団は、①「捜査当局は、呼掛け文言について虚偽の内容(「高田とも子をよろしくお願いします」と街頭で呼び掛ける指示をし、そう呼び掛けたとする内容)を記載した供述調書等を作成するなどして、違法・差別的な捜査を行い、起訴をした。」、②「虚偽のメモを捏造したり、選対会議のあるべき議事次第や会議録を隠ぺいする等の違法な捜査が行われた。」ので、公訴棄却すべきと主張しました。

 

(2)  これに対し、判決では、①「(「高田とも子です。よろしくお願いします。」という実際に指示され使われた呼掛け文言は、)供述調書中の呼掛け文言と実質的な違いはなく、捜査官が虚偽の内容を記載したとは認められない」、②「本件の関係証拠上、捏造や隠ぺいの事実を認めることはできない」等と判断しました。

 

(3)  しかしながら、この判決では、①捜査当局が「実質的な違いはないから、問題ない」として自分の都合のいい内容の供述調書を取って不当・差別的な捜査を行うことを容認することになる、②検察側から何らの有効な反論や反対事実が示されていないにもかかわらず弁護団の主張を理由なく否定するのは、裁判官の訴訟指揮として問題があると言わざるを得ません。

 

2、選挙運動該当性

(1)  弁護団は、①「本件の街頭ビラ配りは、政治団体が作成した違法性のないビラを、投票呼掛け文言ではない商業上一般的に使われる言葉を使って街頭配布しているもので、選挙運動に該当しない」、②「利害誘導行為である報酬支払いの意思表示の時点では本件呼掛け文言を使うことは依頼されていなかったので、選挙運動を依頼したものではない」等と主張しました。

 

(2)  これに対し、判決では、①「この政治団体の活動の実態は専ら高田とも子への投票の獲得に主眼を置いたもので、その配布したビラの内容、配布時期、名前を強調した呼掛け文言等を全体としてみれば、選挙運動に当たる」、②「報酬支払いの意思表示は、『直接利害関係』を形成、利用する行為であって『誘導行為』ではない。『誘導行為』は、本件ビラ配りを依頼してそれを決意させようとした行為である。」等と判断しました。

 

(3)  しかしながら、この判決は、①「全体としてみれば、選挙運動に当たる」という判断は、一民間人ができるものではなく当局でしかできないものであって、だからこそ「警告」制度が適切に運用されたのかが問われなければならない(本件では、適切に運用されていなかった。)のに審理されていない、②利害誘導罪における「誘導」の対象者は「選挙運動者等」であるが、本件の街頭ビラ配りの依頼先は、その街頭ビラ配りが選挙運動に該当しなければ、そもそも「選挙運動者等」に該当しないにもかかわらず、その点が看過されていると言わざるを得ません。

3、可罰的違法性

(1)  弁護団は、「本件ビラには投票依頼の言葉は記載されておらず、呼掛け文言も商業ビラの通常の配布の例にならって業者から提案されたものに過ぎないことからすれば、法益の侵害や社会的逸脱性のいずれも軽微であって、処罰しなければならないほど違法性は高くない。」と主張しました。

 

(2)  これに対し、判決は、「投票呼掛け文言を積極的に共謀したとまでは認められないが、利害誘導罪は、厳しく規制されるべき買収罪の類型であり、法益の侵害や社会的逸脱性の程度が小さいとは言えない。」等と判断しました。

 

(3)  しかしながら、この判決は、本件街頭ビラ配りが「事前運動」に該当することを前提としての論理を展開しているものであり、事前運動に該当するのか等を争っている本件では、争点外れの論理であると言わざるを得ません。

4、呼掛け文言についての共謀

(1)  弁護団は、「街頭呼掛け文言については、関係者の供述等の証拠に照らし、斎藤まさしさんや高田、田村、宮澤の各氏の間には合意があったとは言えないから、斎藤さんらには共謀はなかった。」等と主張しました。

 

(2)  これに対し、判決は、「共謀の成立においては、共謀内容としてはある程度概括的であっても良い」等として、「被告人(斎藤さん)らの間には、宮澤を通して本件呼掛け文言を使ったビラ配布を依頼することについて、『未必の故意による黙示的な共謀』が認められる」等と判断しました。

 

(3)  しかしながら、もともと暴力団等の犯罪に対する裁判において認められた『未必の故意による黙示的な共謀』の概念を、選挙違反をしないように心掛けていた高田陣営の政治活動に対して適用するのは、あまりに安易過ぎると言わざるを得ません。

5、違法性の意識

(1)  弁護団は、「これまでの斎藤さんの経験や他の実例等からして、斎藤さんには違法性の意識がなかったことについて相当の理由があり、責任故意が認められない」と主張しました。

 

(2)  これに対し、判決は、「被告人(斎藤さん)の長年にわたる多数の選挙運動の経験の中で、被告人が本件行為(ビラを配りながら呼び掛ける行為)が違法でないと信じたことに全く根拠がないとは言い難い」としつつも、「本件のように業者に有償で依頼する以上、利害誘導に当たらないよう特に慎重に行動しなければ違法評価を受けるおそれがあることは十分意識できたはず」として「責任故意に欠けるところはない」と判断しました。

 

(3)  しかしながら、本件行為が選挙運動(事前運動)に該当するか否かは、依頼した本件ビラ配りが、ボランティアによるものなのか、アルバイトによるものかで異なるものではありません。この判決は、選挙運動の該当性(事前運動罪の成立の有無)について「二重の基準」(ダブル・スタンダード)を示した不当なものと言わざるを得ません。

6、適用違憲(憲法に違反する法律の適用)

(1)  弁護団は「本件ビラ配布行為が仮に選挙運動に当たるとしても、その反社会性や違法性は軽微であり、警告等によって容易に文言の訂正や配布の中止をさせることができたのであり、このような軽微な行為について、逮捕・起訴を行うことは、斎藤さんに対するあまりに大きい政治活動の自由の制限である。従って、公職選挙法を違憲的に適用したもので、公訴棄却又は無罪とすべきである。」と主張しました。

 

(2)  これに対し、判決は、「本件は、単なる事前運動とは異なり、多額の現金を報酬として利害誘導をした買収事犯(選挙違反としても悪質な類型)である。」として適用違憲に当たらないと判断しました。

 

(3)  しかしながら、この判決は、本件街頭ビラ配りに多額の金銭が使われていたとしても、本件街頭ビラ配りが選挙運動(事前運動)でなければ何の問題もない事案であることを殊更無視していると言わざるを得ません。本件街頭ビラ配り自体は、判決でも認めているように、全体として見た時に選挙運動として評価されるかどうかという微妙なものであったし、仮に選挙運動(事前運動)に該当したとしても、その行為の反社会性は大きくなく、その行為の修正も容易であったことは、紛れのない事実です。この判決は、これらの事実を看過していると言わざるを得ません。

 

(了)


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